by 遠山 峰輝
by 遠山 峰輝
by 遠山 峰輝
UPDATE
2021.05.24
定年後旦那は家でごろごろ熟年離婚。こんな言葉が一時はやった。仕事が無くなると、やることが無くなるということを伝えたかったのであろう。スポーツクラブを覗いてみる。高齢者で一杯、サロン化している。夕方、サウナの後、水風呂に入っていると、高齢者同士の会話:「なんか生ぬるいなあ、朝はもっと冷たかったんだがなあ」「そうだったよなあ」。・・・・え、朝からいるんだ・・・。高齢者がスポーツクラブに毎日通うことは良いことだと思う。しかし、実はその裏で、「やることがないから」というのも実はあるようだ。筆者の母親はもう80歳近くなるのだが、数年前まで焼肉屋を切り盛り、仕事をしていたが今は引退している。それでも、筆者に似て酒豪?、そして友達も多く、スポーツクラブも含め、出かけることが多い。おそらく普通の高齢者と比べると断然にアクティブであると思う。しかし、このコロナでお手上げのようだ。スポーツクラブが無くなり、巣ごもり。毎日「やることがない!」と叫んでいる(笑)。
実は、やることや打ち込むこともなく時間を持て余している高齢者は非常に多いのではないかと思っている。これは大きな社会問題ではないかと。
健康寿命という言葉がある。健康寿命とは病気がなく健康でいられる年数だ。日本人男性の平均寿命は81歳であるが、健康寿命は72歳、女性は平均寿命が87歳、健康寿命は75歳。女性の場合、健康寿命は平均寿命よりも12年も短い。ここで声を大にして提唱したい、「幸福寿命」を。平均寿命→健康寿命→幸福寿命と頭を広げたい。健康であっても、生き甲斐や楽しみがない人生ではつまらない。また、生き甲斐や楽しみがあれば、おそらく健康寿命も延びるだろう。人生100年。高齢者となってからどんな生き甲斐や楽しみを見出すか、ここからが勝負なんだと思う。ところで、余談であるが、筆者の父親は49歳の時に事故で突然亡くなった。当時、家族は、若い父親の死の悲しみを受け入れるために「お父さんは早く亡くなったけど幸せだった。人よりも太く短く生きたんだから」って。「幸福寿命」は大事なようだ。
遠山峰輝