by 遠山 峰輝
by 遠山 峰輝
by 遠山 峰輝
UPDATE
2018.07.29
「病床の縮小」という言葉が頭をよぎると「当院もついにここまで来てしまったか」と考えてしまう。「新築移転、せめて300床は欲しい」と考える。どうも急性期病院、或いは総合病院の経営者は大きいことを望むようである。
規模の経済という言葉がある。スケールメリットと言ってもよいかもしれない。これは、生産を増やせば、1つの生産に要するコストが低下するということ(単位コストという)である。このメカニズムは以下である。コストは大きく分けて固定費と変動費分けることができる。文字通り、固定費は生産量に関係なく固定的な費用である。例えば工場で言えば土地や建物の賃借料や重厚な設備に掛かる減価償却費、或いは設備や生産管理に要する人件費などである。変動費は生産量とともに増加するコストであり、原材料費などがこれに相当する。生産量が増えても固定費が一定であるから単位コストが下がる。これが規模の経済ということである。更には単位あたりの変動費も下がる傾向にある。原材料を大量に調達することができるためにその購入価格を低下させることができるからである。このメカニズムを考えると通常固定費の割合が高い事業は規模の経済が働きやすく、逆に変動費の割合が高い場合には、それが働きにくいということがわかるであろう。一般的に重厚装備な工場は設備他の固定費が大きいために規模の経済働きやすい。一方で飲食店などのサービス業は働きにくいと言える。材料費などの変動費が大きい上、顧客に直接サービスをしているため、来店客が増えるとそれに合わせて有る程度人員を増やすことが必要となり、結果、人件費が準変動費のようになっているからである。
では病院はどうなのか?実は規模の経済といっても、多様な視点があり、例えば病院数を増やしチェーン化することも規模の拡大である。だが、ここでは病床を増やし、患者を増やす場合のことを考えてみたい。これは、ある病院で患者が増えると患者当たりの費用(単位コスト)は大きく減るのかという問いに等しい。結論から言えば、病院は規模の経済が働きにくい業種であると言える。まず、病院は主に設備が生産物を生み出すのではなく人が生産物を生み出す。つまり人海戦術を基本とするサービス業ということである。病院のコスト構造を見ると人件費が50%程度を占めている。この人件費の多くが看護師となっており、これは患者が増えると基本的に増加する。人件費=固定費と考える読者も多くいるかもしれないが、実はどちらかというと変動費に近いのである。そもそも看護基準なるものは患者に合わせて看護師を増やせと言っているのである。もちろん、ある程度の規模がないと、夜勤看護師のやりくりが困難であるなど、一定の規模の経済は働くのだが、ここではその本質的な議論にフォーカスしたい。更に急性期病院ならコストの約30-40%程度を占める薬品材料費、これも変動費なのである。人海戦術的なサービス業であるということに加え、多くの職種で人員数基準が定められている病院では、薬品材料費も含め、その変動的な要素が実は高く、規模の経済は働きにくいのである。病床数を増やし、多くの患者を取り込むことの経済的なメリットはもちろんゼロではないが、他の業種と比較しても相対的に低いということを理解すべきである。「大きいことはよいことだ」という概念を見直した方がよいかもしれない。
遠山峰輝